どうしても感じてしまうこと、ということは往々にしておこるわけで、「なんで私が……」を積み重ねて発散する場をうまく作れずにこの21年を過ごしてきたように思います。

 

理性的な自分が不満を抑えつけるわけですが、それが積もり積もって爆発する瞬間があり、それって日本という国の性格と一緒だなぁと思います。

 

その点、アイドルやタカラジェンヌは不満をこぼさないからすごい。

私より年下の子だってザラにいるのに……(というかそっちのほうがマジョリティ)

 


欅坂46 『世界には愛しかない』

Googleのある時代に生まれて良かった

Googleのある時代に生まれて良かった。


Googleがなければ、あの日、私は、初めて与えられたケータイで、思い出したように漫画家のブログなんて検索しなかっただろう。結局ブログには辿り着かなかったけれども、代わりに学生専用と銘打った掲示板に出会った。


どこか周囲に馴染めなかった人生だった。歳を重ね、ある程度の折り合いはついたと思うけれども、それでも私は常に5mmくらい地面から浮いたまま生活している。



Googleのある時代に生まれて良かった。


Googleがなければ、今、私はドイツで途方に暮れていただろう。英語ができればドイツでは生きていけるなんて全くの嘘で、Airbnbで手配した宿のおじいさんは英語が喋れないから常に会話の方向性が見えていないし、カフェのメニュー表記もレストランのウェブサイトも劇場の案内も街の看板も英語表記なんかなくて、Google翻訳アプリをフル稼働させている。


けれども、Googleは教えてくれなかった。コペンハーゲンの電車は頻繁に切符点検が行われること。ハンブルクの街のトイレは有料だということ。コペンハーゲンもドイツも、道にタバコの吸殻がたくさん落ちていること。ドイツのパンはおいしいしコペンハーゲンの人気のパン屋は日本人が始めたこと。こうした、何気ないことはいくら技術が発達したところでその地に赴かない限りは知ることはできないし、だから私は旅を続ける。 



ま、ドコモのiモードを使っていた私が使っていたのはGoogleではなく、もっと別の検索エンジンだったけれど。きっとだからこそ、漫画家のブログに辿り着かず、今の私がある。

弾丸帰省雑感、コンビニ人間

この土日を利用して、一泊二日で熊本に弾丸帰省してきた。車で。

よくもまあ、一泊二日しかないのに車で行くなんて、アホみたいなことを成し遂げたものだと思う。一切運転していない私ですら疲れがハンパないのに、往路の半分、復路全てを運転しきった父の疲労はいかばかりか。もう歳も歳なのに。

 

復路は父と二人だったので特に話すこともなく、太陽の光が届くうちは「コンビニ人間」を読んでいたのだが、主人公の古倉恵子と、主要キャストの白羽の二人が世間にうまく迎合できずにいる姿に自分が重なって、なんともリアルだった。

別にスコップで人を叩いたり、家賃を滞納したことはないけれど、古倉恵子のように、あらかじめ決められたシステムの一部でいるとき、私は自分の能力が最大化されているように感じる。

 

考えないことは圧倒的に楽で、唯一、マニュアルに従っているとき、私は無心でいられる。けれども、それはAIでもできることで、私が人間でいる意味がなくなってしまう。だからこそ、たまに破壊衝動にかられ、すべてをゼロにしたくなるのかもしれない。

 

性欲とか、恋愛欲とかが、他の人に比べるととても少ないので、私は自分がどこか欠落しているように感じることが多々ある。総じて他人と関係を構築することがヘタクソで、私の劣等感の99パーセントはここに起因する。

 

古倉恵子はコンビニのマニュアルに従うことはできるのに、恋愛、結婚、出産すべきだという社会のマニュアルには従えない。それはなぜだろう。

明文化されているか否か、他人に手取り足取り教えてもらえるか否か、ということかなと思ったけれど、文章からは、彼女にとってコンビニという場所が唯一の社会との接点であり、また同時に彼女はコンビニという生命体の一部に組み込まれることを運命づけられているのかなとも汲み取れた。

また、彼女が初めて社会とうまく関われた場所がコンビニで、その成功体験から抜け出せないのかもしれない。これは気持ちがよくわかる。私もまた、期待されたことに対して、過剰なまでに対応するところがある。私は吝嗇なので、相手からの見返りがないとすぐやめちゃうけどね。

 

 

今回の帰省で、祖母が想像以上に老いていて、ショックだった。

話には聞いていたし実際に写真で見ていたけれど、いざ目の前に現れると、ああこの人は確実に、死に近づいているのだとわかった。私の中では未だに、しゃんとして歩いて、病気になっても海外旅行にバリバリ出かけ、バンバン買い物する祖母がいるのだけれども、目の前の祖母は八十も過ぎて海外どころか近所のスーパーにすら出かけられず、一日中ほぼ寝たきりでラジオを聴いていた。変わらないのはお喋り好きというところくらいで、私が幼い頃の話をして、涙を流していた。祖母の涙を見たのは初めてだった。

 

祖母の姿を見ると、ああ生きている間に子供を産んで顔を見せてやりたい、と思う。結局良い学校に通って名の知れた会社で働くよりも、それが一番祖父母を喜ばせることだと思うから。それは私のなけなしの女らしい部分なのかもしれないし、アセクシャルだという自覚を持てない一番の理由だったりする。

親や祖父母のために子供を、なんて時代錯誤甚だしいけれど、でも、それでも、私は、結婚して子供がほしいんだよなぁ。そのために、ちゃんと、美人になろうと思う。

To be continued

ブログなんて私が私のためにやっているので、別に他の人に見られる必要なんて全くないのに、それでも公開してしまうのは、きっと、そういうことです。

 

ハバナのことも随分と忘れてしまいました。

なにせ、日本に帰ってきてもう二ヶ月。

書きかけの旅行記はきっとそのまま。

 

でもキューバはずっと追っていたい国だから、また、行きます。

近いうちに、必ず。

 

 

お得意のネットサーフィンをしていたら、なぜかnoteに辿り着き、ブログを書きたくなり。心機一転、noteでブログ書こうかとも思ったのだけど。このはてなブログをずっと放置したままにするのも嫌だし、かといってアカウントをそっと削除するのも嫌だなあと思って。やっぱり、ここに書きます。

 

そのような思考に至ったこと自体、私は成長したなあと思う。今までなら、絶対に、過去のことはすべて削除してしまっただろうから。

今まで何十回もブログを作っては移転し、作っては移転し、を繰り返してきた。過去に自分が書いた文章はたいてい醜いし、1のお気に入りのために残りの醜い100を残すなんていう選択肢はなかった。一気に、スカッと、良いことも悪いこともすべて水に流してきた。

でも、今回、留学時の心の痛みを消せない自分がいた。これが多分、私にとっての大人としての第一歩なんだと思う。

 

なんちって。

 

長い文章を書くことがどんどん苦痛になってきて、ツイッターの弊害を知る。それとも、歳を重ねたからだろうか。

でも、やっぱり文章書くことが好きな自分でありたい。

別に世の中に役立つ文章なんて1つも書けやしなくても、それが自分にとっての人生の一部分を構成するものでありたいから。

 

だから、また、こうして、長い文章を書く練習を、ここでしたいと思います。

 

今までずっとアホみたいに過去の話ばかりだったから、次は未来の話をできたらいいなあ。

 

 

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チェ。

La Habana 2

タクシーの窓から見える景色一つ一つがどこか懐かしく、でも何もかもが新しくて、眠い目を必死にこじあけ、何も見逃すまいとカメラ片手に窓にへばりつく。

馬に乗った人。アメ車。背の低い建物。土ぼこり。革命広場には、たくさんの観光客らしき人々と近代的なバスの群れ。

 

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街に近づくにつれ、人と車の通りが増えていき、心なしか建物も重厚になっていく。

「ここだよ」と降ろされたのは混雑した狭い路地の一角だった。なぜか道がところどころバリケードで塞がれ、その前でたくさんの人が何かを見ていた。

 

キューバにはホテルだけでなくカサと呼ばれる民宿のようなものがたくさんある。インターネットの発達していないこの国では飛び込みでカサに宿泊交渉する人もたくさんいるけれど、スペイン語のできない私はカンクンの宿に貼り紙のあった日本人専用のカサに予約をいれ、宿泊した。

 

メールで教えられた通りに鍵を受け取り、急な階段を4階まで登ると、宿のおばさんとおばあさんが出迎えてくれた。何を言っているかはさっぱりわからないけれど、とにかく部屋に通される。

 

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どうやら一人、先客がいるらしい。どんな人だろうかと少し不安に思いつつ、もう一つの部屋に宿泊しているという日本人男性と出会う。大阪弁が印象的な、人の心にすっと入ってくるような人だった。

 

とりあえずしばらくしたら外に出るついでに両替所まで案内してくれるというので、それまでの間少し眠ることにした。ベッドの寝心地など感じる暇もなく、気づいたら深い眠りに落ちていた。

La Habana 1

太陽が眩しくて、眠いけれど眠れなかった。窓から見える景色は一面畑で、ここ数ヶ月ずっと夢見ていた国がいざ目の前に差し迫っていることが不思議で仕方なかった。

 

初めて乗るIntrejetは、LCCだというのにきちんと軽食とジュースのサービスがついてきて驚いたけれど、座席上から現れるはずの小型スクリーンが何かに引っかかって出てこずガタガタ言い、その下の席の人が無理やりスクリーンを引っ張りだしていたことに笑った。軽食はQuakerのクッキーで、ナッツが入っていて少し気分が悪くなった。

 

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空港に着くと、係りの人たちの制服が本当にメディアを通して見ていた社会主義国のもので、気分があがった。

 

朝一の便だったからか入国審査の列には同じ飛行機に乗っていた乗客しかおらず、がらんとしていた。隣の列に並んでいた外国人が入国審査で一度跳ね返されており、理由を尋ねてみたら「乗り換えだけだからビザを買っていなかった」とのこと。へえ、こんな国で乗り換えする人もいるんだ、と妙に感心した。

とりあえず覚えたTurismoという単語以外何を発したかは覚えていないが、しっかりと入国スタンプを押され、荷物検査を通り抜け、持ち込み荷物についての書類を書いた。セキュリティは案外厳しくなく、その書類の提出先は簡素なテーブルに座った二人の職員だった。

職員のおじさんに「日本人か、そうか」などと言われ、あっけなく入国した。

 

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この空港が簡素かどうかはよくわからない。もちろん、今まで行ったどの空港よりも簡素なことは間違いないが、思っていたよりは発展しているな、というのが第一印象だった。私はどこか、テレビで見たアフリカの空港のようなものを期待していたのかもしれない。

 

とりあえずインフォメーションでタクシーの乗り方を聞こう、と近づくと、カウンター越しのお姉さんは大声で「タクシーね!この人について行きなさい!」とタクシードライバーを紹介してくれた。大丈夫なのか一抹の不安を覚えつつ、とりあえず両替するから、と一旦断り、唯一持っていた日本円、5000円を両替した。43.05CUCになった。

 

空港前には黄色いタクシーがずらりと並び、期待していたアメ車ではなかったので少しがっかりしたが、とりあえず宿へと向かった。

わたしの75セントとクラッカーおばあさん

目覚ましを10時にセットして寝付いたのに、起きたらまだ8時だった。今日は休みなのになぁ、と思って二度寝して、満足スッキリ、起きてもまだ8時45分だった。最近は本当に朝自然と早く起きる習慣がついてきた。日本にいたころの自分には考えられない。

いつものように朝ごはんにシリアルを食べ、だらだらパソコンを眺めて、気付いたら私より遅く起きたはずの隣の部屋の住人は外に出ていた。

やっと重い腰をあげ、昨日の夜から準備していた洗濯袋にさっきまで着ていたパジャマを放り込み、家から徒歩1分のコインランドリーへ。

 

平日朝のコインランドリーは人気もまばらで、店のおじさんに10ドルを1ドル札5枚と5ドル札1枚に両替してもらい、さらにそれを両替機で25セントコインに替えた。両替機は10ドル札も対応しているのだけれど、すべて25セントになって出てくるので、最近は店のおじさんおばさんにお札を崩してもらうということを覚えた。

 

去年の8月、強い日差しと街の強烈な匂いにまだ違和感を覚えていたころ、初めてコインランドリーで洗濯したときに近所のドラッグストアで買った洗剤はちまちま節約しつつ使っていたら、日本に帰るときになっても余っていそうで、今日はいつもの倍いれた。近所のスーパーで2.49ドルだった柔軟剤なんてもっと余っていて、どばどば投入した。

いつもColdモードで使っていたけれど、アメリカに来てとにかく服が片っ端からぼろぼろになっていって今買い替えに追われていることを思い、初めてDelicateモードで洗濯してみることにした。

 

一旦家に帰って、オレンジの皮むきをして、洗濯が終わるのを待つ。気付いたら11時半を過ぎていた。またコインランドリーに戻り、乾燥機にいれるか、それとも部屋干しするか迷い、乾燥機にいれることにした。

冬の間、乾燥機を使っていたからか、前述のようにとにかく服がぼろぼろになって、もう部屋干し党員に戻ろうと思っていたのだけど、春の変わりやすい天気の中で部屋干しなんてしていたら乾くまで何日もかかるだろうなぁと思ったのと、コインランドリーのおじさんへの感謝のチャリティの気分もあった。

 

洗濯ネットから下着を出すこともせず、乾燥機には25セントコインを3枚入れて、こちらも初めてDelicateモードにセットして、3人掛けベンチの端っこに座って待つ。ああ、Kindle持って来ればよかったな、でも家に帰るのも面倒だな、と思ってスマホでニュースを読む。25セントで8分間なので、合計24分。

 

するとベンチの反対側に座ってきた中国人のおばあちゃんが声をかけてきた。中国語ではなくちゃんと英語で話しかけてくれているのに、本当に、何を言っているのか全くわからなかったけど、とにかくクラッカーを食え、ということはわかった。ちょうど12時前で小腹もすいているし、と1枚もらって、おばさんと並んで食べる。そのあいだ、何をしゃべるでもなく、ただ二人で乾燥機を眺めながら、クラッカーを食べる。

するとおばあさんは"You eat more."という。もっと食えというその言葉に甘えてジップロックからもう一枚クラッカーをもらう。その間にも、おばあさんは何台も稼働させている乾燥機の様子を伺い、乾燥が終わったものを収納し、乾いていないものはまだ動いている乾燥機の中に放り込むなどしていた。

そうして戻って来たと思えば、"your cracker"という。クラッカー、全部お前のものだ、ということだ。いやいやそれは、と私が遠慮していると、家にたくさんあるからと言うので、その言葉に甘えてもらって帰ることにした。

 

おばあさんの乾燥機のうち1台が終了の合図を告げ、私の乾燥機もその仕事を終えた。

私は無造作に洗濯袋に自分のそれをつっこみ、おばあさんに"Have a nice day"と告げ、家に戻りながら、残ったクラッカーを食べた。

 

洗濯は全然乾いていなかった。ただ少し温まっただけだった。結局、部屋干しをする羽目になった。

だけれど、なんだか、私はとても満たされた気持ちで、おばあさんのクラッカーが入っていた、今は屑しか入っていないジップロックを捨てたのだった。