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ベイビーズ

去年の12月に書きかけだった記事。

普段は一度下書きボックスに入ってしまうと中々それが日の目を見ることはないのだけど、この映画は本当に面白かったから記録もかねて公開します。

ま、どんなところが印象に残ったか、すでにぼんやりとしか記憶になくて、以下の文、映画の描写のところは加筆修正できなかった。笑

 

 

英語のライティングの授業で先生が話していた映画を見た。

ベイビーズ -いのちのちから- [DVD]

ベイビーズ -いのちのちから- [DVD]

 

 

ナレーション一切なし。ただ淡々とナミビア、モンゴル、日本、アメリカの赤ん坊の成長を追いかけていく。

 

とても良い映画だった。

ナミビアのお母さんは乳を垂らして、左右それぞれに子供が食いついていた。犬とか、猫とか、多分そういうのと同じ。足には虫がまとわりついているし、上半身は何も着ていないのだけれど、アクセサリーはきちんとつけていて、全くもって文化的背景、そして価値観が異なるのだなと痛感させられた。ああ、私にはこんな生活は無理だ。

 

モンゴルでは赤ん坊をおくるみで包んで、その上からきゅうきゅうにしばっていた。ゲルで生活している赤ん坊だったのだけれども、ゲルの移動はトラックとバイク。バイクに親子4人乗って、危ないように見えたけれど、それが彼らの日常なんだよなあ。

 

アメリカと日本は多分似たり寄ったり。しかもサンフランシスコと東京という大都会の赤ん坊だったし。でも日本のママサークルのようすを見て私に子育ては無理だと悟った。ママサークルとか無理無理。その前に結婚することも無理だろうけど。笑

 

 

1/29 公開にあたり追記

生まれた土地や環境というものは本当にすごい影響力を持っていると思う。

私は日本の中流家庭に生まれ育ち、こうして今アメリカに留学に来ているけれど。

留学したいな、とぼんやりとは思い始めたのはやはり親をはじめとした親戚に海外居住経験があり、なにより私に影響を与えた祖母が海外旅行大好きだったからだと思う。幼い頃に国旗の絵本を何度も何度も繰り返し読んで(見て?)いて、昔は記憶力も良かったからほぼすべての国の国旗を見分けることができた。そうすると自然と地図に興味を持ち、国の名前を覚え、海外への興味が芽生え、地理が得意になった。ズタボロだった前期の京大入試で地理だけは合格者より点数が良かったのも良い思い出。笑

そして今こうして実際に留学しているのは、なんやかんやで神戸大に入学し、留学、休学アタリマエの環境に身を置いているからだと思う。カナダへの二度の語学留学が転機だったと思う。最初はとりあえず遊びたい、という動機からだったけど笑、様々な年代の人と出会い、様々な価値観、目標を持つ人と出会い、良い刺激を受けた。

 

この冬アメリカ国内を旅行して思ったことは、私は都会に生まれ、今こうして大都会に身を置いているけれど、じゃあ田舎に生まれ育った人はどうなのか?ということ。

音楽が好きでライブにたくさん行っていた高校時代、大阪はほとんどのバンドがツアーで必ず立ち寄る地点だったので、「このバンドのライブ観たいのに大阪には来てくれない」という理由でそれほど困ったことはないけれど、たとえばそれが熊本だったら。北海道の田舎だったら。きっと私は高校時代一度もライブなんかに足を運べなかっただろう。

そもそも、このインターネットのある時代に生まれたからこうして好きな音楽、好きな演劇、好きな本に出会えているけれど、インターネットがなければ私は家で塞ぎこむ以外することがなかったかもしれない。旅行中だって、何度スマートフォンに助けられたことか。

 

そう思うと、本当に生まれ育った環境というのは人間に大きな影響を与えるなぁ、と思う。

 

私は田舎で暮らすということが想像できない。想像しただけで絶望してしまう。

祖父母の家(熊本)に遊びに行ったり、篠山に1年間授業を受けに行ったりしたけれど、そこに行くのと住むのとでは全く違うだろう。

私は文化へアクセスすることが地理的条件から難しい土地で暮らすことはできない。だって都会の暮らしに慣れきってしまっているから。それがアタリマエになってしまっているから。

 

なんだかまとまりがなくなってきたけれど。笑

 

この映画を見て思ったことは、「もし私が日本人じゃなかったら」「もし私がアフリカの少数民族の子供だったら」「もし私がモンゴルの遊牧民の生まれだったら」「もし私がアメリカの田舎の生まれだったら」ということ。

 

考えられない。私は日本人としてのアイデンティティを持ち、音楽を聴き、本を読み、美術館に足を運び、観劇に行き、旅をし、こうしてパソコンの前で文章を打っている。これが私にとってのアタリマエ。

 

だけれど、アフリカの少数民族の子供は虫がたかる環境下で、全裸でたくましく生まれ育っていたら、もしかしたら運動音痴ではなかったかもしれない。もしかしたら自己主張が激しかったかもしれない。もしかしたら視力がとても良かったかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。

少なくとも、今私が当然のように享受している生活は当然ではなかっただろう。パソコンなんて一生見たことも聞いたことも触ったこともない存在になっていたかもしれない。文字なんて読めないで一生を終えていたかもしれない。外に世界があるなんて、知らなかったかもしれない。

 

どちらが幸せかはわからない。そういうことを同じ尺度で測れるほど人間は単純ではない。そういうことを考えさせられる映画だった、気がする。

もう、あまり覚えてないけれど。笑