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秋3

今の私にはかろうじて理性が備わっていて、そいつが感情の爆発を押さえ込んでいるけれど、それがしんどく感じることも多々あって、そういうとき、私はどうしたらいいのかわからず、途方に暮れている。うまい発散方法は何かないのかね。

ツイッターで小爆発を起こしたところであとに残るのは後悔だけだし、買い物にしたってお金がなくなる恐怖感が勝って中途半端に中途半端な物を買って残るのは後悔だけだ。

他人の存在というのは常々必要だとは思っているが、どうしても頭の中で数値化して比較することをやめられず、苦しくなってしまう。

 

人生には鍛錬が必要なのだろうけれど、それが本当にできない。多分私にはそこそこのポテンシャルはあって、その貯蓄でかろうじて生きているのだが、そのポテンシャルを伸ばすための鍛錬が全くできないため、未来が見えない。

成長に対する意欲がないというか、鍛錬をするくらいなら成長せんでもええわ、と思ってしまう。

昔はこんなんじゃなかったのにな、と思ったけれど、いややっぱりそうだった。

水泳をやめたとき、自分の成長の鈍化がわかっていて、だからもう、やめてもいいかなと思ってやめた。水泳をやめたことは人生で一番後悔している。

 

母親の影響というものを強く受けていて、本当に危険だなと思う。こういうテキトウな性格とか、だいたい彼女から受け継いでいる。それでいいや、と思うときもあるし、今みたいに、それが私の成功を大きく阻んでいると強く反発することもある。

こういうことを言うと、それって結局自分の責任じゃん、という批判がまた頭の第三者が批判してくるわけだが、しかし、それでも、自分というものの本質が分からない私には、彼女からの影響だとしか思えないわけである。

 

自分がない、ああ、多分、そういうことだ。他の人ももがき苦しんでいるのだろうけれど、その様子が私には見えてこないし、だから、自分以外の人は全て眩しい。