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何者にもなれない私たちへ

朝井リョウ「何者」を読んだ。

 

人のことを観察し、その行動から思考を読み取ろうとする「拓人」という青年目線の物語なのだが、拓人が自分すぎて怖かった。あれは私だった。

 

いつもそう。無意識のうちに人の行動を読み取ろうとする。

この人はこういう行動を取るだろうから、と行動を先読みして自分の行動を決定する。

 

そうやってがんじがらめになって、息苦しくて、鍵垢で吐き出す。

吐き出した自分が嫌で、ツイートを消す。

 

いつもその繰り返し。

 

自分の無様な姿を見てもらいたくて、受け入れてほしくて、公開垢に吐き出す。

やっぱり醜すぎるとツイートを消す。書く。消す。書く。消す。

 

いつもその繰り返し。

 

人と本気でぶつかったことがない。ぶつかれないコンプレックス。

私を一番認めていないのは私。

自己肯定感が低すぎて、理想が高すぎて、いつも苦しんでいる。

人を妬む。嫉む。

「なんでこの人が」と思う。

「他人と見比べて、なんで私だけが」と思う。

 

それでもここ数年で、ずいぶんと他人のことは認められるようになった。

ある程度、自分はここまでなんだと認められるようになった。

けれど、でも、やっぱり、私は自分のことが恥ずかしい。

どうしても繕いたくなる。

 

そんな、自分の姿をありありと浮かび上がらせてくる、怖い小説だった。

 

留学していたとき、苦しくて苦しくて、一時期、Creepy Nutsばかり聴いていた。そのことをふと思い出した。

朝井リョウの小説とCreepy Nutsの曲は、相性が良い。

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